能・謡曲の中には、女性の怒りや恨みつらみを主題にしたものが幾つかあります。その際、演能の前半部の主人公(前シテ)に若い女面が使われるのが一般的です。例えば、小姫・万媚・小面・若女・増女などがあります。それが後半部に入ると一転してオドロオドロしい能面をつけた後シテが登場します。例えば橋姫・生成・般若・蛇・真蛇・泥眼といったものがありますが、中でも最も代表的なものが般若です。
能面造形上の最高傑作と言い得るものでしょう。怒りの象徴として顔には二本の角が生え、目は大きく見開かれ、白眼の部分まで含めて金冠で覆われています。その眉間はしかめられ、屁状に眼に覆い被さっています。歯も金冠及び金泥で、しかも上下に牙があり、口は耳まで裂けています。凄まじい形相です。
しかし、よく見ると怒りの表情だけでなく、その反対の悲しみ・怨みの表情が見えます。まったく正反対の筋肉の動きをするはずの表情が、一つの面の上に一緒に彫られているのです。ですから見る角度によって怒りの表情が強調され、また、別の角度からは怨み・悲しみの表情が浮かび出るようになっているのです。